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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5839号 判決

事実

原告植松政男は請求原因として、被告共栄興業株式会社は昭和三十二年九月頃名古屋市に名古屋営業所を設置し、昭和三十四年九月十九日これを廃止するに至るまで、武藤守明が同営業所長の職にあり、同人は被告会社のため手形を振り出す権限を有していたもであるが、同人は食料品代金の支払のために被告会社名古屋営業所長の肩書を附して金額三十二万六千百円、受取人原告と記載した約束手形一通を振り出した。そこで原告は、右手形の所持人として満期にこれを支払場所に呈示したところ被告はその支払を拒絶した。よつて原告は、被告に対し、右約束手形金及びこれに対する支払済までの利息の支払を求める、と主張した。

被告共栄興業株式会社は答弁として、被告会社は昭和三十四年五月中、名古屋営業所を廃止し、その際武藤守明は右営業所長の地位を失つた。そして同人は、在任中も被告会社のために手形を振り出す権限を有しなかつた。従つて、仮りに同人が原告主張の約束手形を振り出したとしても、被告会社にはその支払義務はない、と述べ、抗弁として、仮りに原告主張のように、武藤の代理権消滅について原告が善意であつたとしても、原告としては、武藤が本件手形を振り出した当時、被告会社名古屋営業所においては、その資金面及び事業面とも破綻状態にあつたので、被告会社はこれを廃止する手筈になつていたのであり、且つ被告のように建設業を営む株式会社の地方営業所の所長の如き者に手形を振り出す権限がないのが通常であることは容易に知り得べきであるに拘らず、これらの事実を調査することなく漫然武藤から本件手形の振出を受けたのであるから、原告は、武藤が被告会社を代理して本件手形を振り出す権限を有すると信ずるについて、また、武藤の代理権消滅を知らなかつたことについて過失があるから、被告会社に右手形の支払義務はない、と主張して争つた。

理由

証拠によれば、被告会社名古屋営業所は、昭和三十四年一月頃静岡県伊豆長岡町から、同町の排土工事を請負い、その頃から同年七月頃までの間に原告その他十数軒の商店から食料品及び日用品を買い入れていたところ、同年八月二日原告及びその他十数人に対する食料品等買掛残代金三十六万二千百円の支払のために、原告に宛てて原告主張のとおりの約束手形一通を振り出したものであること、及び原告が右手形の所持人として満期にこれを支払場所に呈示して支払を求めたところ、被告会社名古屋営業所がその支払を拒絶したこと、とが認められる。

被告は、昭和三十四年五月中右営業所を廃止し、武藤守明はその際同営業所長の地位を失つたものであり、且つ在任中も被告会社のために手形を振り出す権限を有しなかつたから、同人は、何らの権限もなく本件手形を振り出したものであると主張するので、果して武藤守明が原告主張のように本件手形振出当時被告会社のために手形を振り出す権限を有していたかどうかについて検討すると、証拠を併せ考えると、次の事実が認められる。すなわち、被告会社は、名古屋地方における官公庁等の工事を獲得し施行することを目的として名古屋営業所を設置したものであつて、武藤守明を営業所所長に任命して、同人に対し名古屋営業所における営業一切を委任し、且つ、工事発註者に対する資格証明方法として、かねて被告会社のために工事施主との間に入札書類見積書を交換し、請負契約を締結すること、これを施行すること、工事代金を受領すること等の権限を委託した旨の委任状を交付しておいたこと。

武藤守明は、本社の指示に基いて、東海銀行中支店に、名古屋営業所の当座取引口座を開設し、従前被告会社名古屋営業所名義の手形を振り出しており、被告会社は、右名義の手形振出について明示的に又黙示的にも同人の代理権を特に制限することをしなかつたこと。

昭和三十四年五月頃被告会社は、右営業所における営業実績が、当初同営業所を設置した頃の見込と違い損失を生じ、本社においてこれを補填しなければならない状況にあつたので、取締役会において善後策を講じたが、昭和三十四年七月中旬頃武藤守明と、将来は、本社及び名古屋営業所が相互に損失を回避するため、同営業所及び同営業所所長としては、単に名古屋地方における工事の獲得に専従し、工事の実施はすべて本社において担当すること、右営業所所長に対しては、固定給の外に、工事獲得件数に応じて歩合金を支給することにしたい旨話合つたこと。けれども、そのとき、右営業所を廃止する旨の話合も、申入もなく、右の話合は被告会社常務取締役不在のため決定に至らなかつたこと。

しかるに被告会社は、同年九月十九日に至り、武藤守明に対して右営業所を、同日限り廃止する旨、同日附の書留内容証明郵便を以て通知したこと。

以上の事実を夫々認めることができる。そうして、これら認定の各事実に鑑みると被告会社が名古屋営業所を廃止し、武藤守明の、右営業所所長としての職務権限が消滅したのは本件約束手形振出日の後である昭和三十四年九月十九日のことであつて、武藤守明は、本件手形振出当時依然被告会社名古屋営業所所長の地位にあり、且つその職務として、東海銀行中支店にある、被告会社名古屋営業所の当座取引口座を使用して、同営業所名義の約束手形を振り出す権限を有していたことが明らかである。

してみると、原告の仮定的主張、従つて又被告の仮定抗弁の事実について判断するまでもなく、被告会社は、武藤守明が被告会社名古屋営業所所長として振り出した本件約束手形の支払義務を有するものといわなければならないから、原告の請求は正当である。

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